秩序の進化 ― 誰も犠牲にならない世界


公開日:2018年4月22日( 最終更新日:2018年7月17日 ) [ 記事 ]
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手をつないで輪をつくる笑顔の子供たち


「自分は悪くないのに、理不尽に悪者にされてしまった。」

「気が滅入って、精神的に追い込まれるほどに怒られてしまった。」

「なんど注意してもいい加減なことばかり繰り返す人の尻拭いを、どうして、いつも私がしてあげなきゃいけないの?」

「人の心に、ズケズケと土足で踏み込んできては、ムダに明るいデリカシーのないアドバイスをされて余計に落ち込んでしまった。」

「解決に向けて努力すればいいのに、グチグチと弱音を吐いている姿を見てイライラする。」

「せっかく励ましたりアドバイスしたりしているのに、なぜか反抗的な態度をとられてムカつく。」

「毎日毎日、顔を見るだけで気分が重たくなるような人に合わなければいけないのが、憂鬱で仕方ない。」

……etc.



私たちの多くは、日々、人間関係の悩みを抱えながら生きています。

人生の悩みランキングをつくれば、「人間関係の悩み」は、間違いなく上位に食い込んでくるでしょう。

それほどまでに、人間関係は私たちの日々の生活に影響を与えているのです。

詳しくはのちほど説明しますが、実はこの人間関係の問題というものは、「秩序」の問題だと言い換えることも出来ます。

逆にいえば、「秩序」次第で、人間関係の問題は解決することもあれば、より酷くなってしまうこともあります。

というわけで、今回の記事では、「秩序」というものについて大きな視点からその全体像を眺めてみたいと思います。

この記事を読み終わるころにはきっと、私たちの選択次第で、思いもよらなかったほど幸せな人と人との関係性がつくれることが実感できるでしょう。

あなたを「笑顔」にも「泣き顔」にもすることが出来る“秩序”という存在

ところで、 「秩序」などと書いてしまうと、すこし仰々しく感じるかもしれません。

ですが、難しく考える必要はありません。

「人間関係」というものを、あえて難しい言い方で「秩序」と表現しているのだくらいに考えてもらって問題ありません。

たとえば、あなたと家族や友人との関係性も一種の秩序です。

もう少し規模を大きくして考えれば、学校のクラスや職場、会社、国、国際関係などもすべて秩序の一種と言えます。

人と人との関係性があれば、そこには必ず秩序が生まれます。

ですから、秩序というものは、私たちにとってとても身近で重要な存在なのです。

たとえば、あなたの身近な人との関係性が、「毎日、精神的に追い込まれるほど怒鳴られても我慢して耐え続けるしかない関係」という秩序の段階から、「お互いを思いやって、助け合うことが出来る関係」という秩序に変わったらどうでしょう?

それはもう、毎日の生活が、まるで違うものになってしまう程の大変化です。


仲良く遊ぶ子供たち


あるいは、独裁国家のような秩序の中で、いつも誰かに見張られているのかとビクビク怯えながら、ほとんど自由が無いような生活(秩序)と、現在の日本人のような生活(秩序)を比べたらどうでしょう?

そこには、本当に天国と地獄といってもいいほどの違いがあるはずです。

秩序というものは、小難しい机上の空論ではなく、あなたの日々の生活が幸せなものになるか、不幸なものになるかに直接関係する重要な考え方なのです。


4つの秩序レベル

では、その「秩序」についてもう少し詳しく考えてみましょう。

わたしは、「秩序」というものは、大きく4つに分類することができると考えています。

(もちろん、これは秩序についてある角度から見ると、こんな風に分類できるというだけの話で、他にも色々な分類方法があるでしょう。)


簡単に説明してみましょう。

まず一番低い段階の秩序が「【 秩序1.0 】― 弱肉強食」です。

このレベルの秩序は、「弱肉強食」という名前の通り、強者が弱者を支配している関係です。

ところで、この弱者と強者の力の差が縮まってくるとどうでしょう?

実力が拮抗してくると、お互いに簡単にはちょっかいが出せなくなり、睨みあいの膠着状態が発生します。

この睨みあいの状態は、言い方を変えると、ある種の安定状態ということもできます。

このような安定状態こそが「【 秩序2.0 】― 綱引きの均衡」です。

【 秩序2.0 】が睨みあいが膠着した結果起こる安定状態だとしたら、お互いに対する思いやりから生まれる安定状態が「【 秩序3.0 】― 思いやりの結晶」です。

この段階の秩序は、お互いに対する善意や思いやり、譲り合いなどによって成立しています。

親しい友人関係などが、このレベルの秩序の典型例です。

そして、4つ目の段階が「【 秩序4.0 】― 共鳴」です。

このもっとも高度で繊細な秩序は、意識的に相手を思いやる気持ちすらなくても、ただただ気の赴くままにふるまっているだけで共存が出来てしまうような関係性です。

詳しくは、それぞれの段階別に記事を書いていますので、そちらを読んでみてください。

【 参考記事 】

また、これらの記事で解説したそれぞれの秩序レベルの特徴を表にまとめておきましょう。

(表は拡大できます)

秩序レベルの特徴


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あなたと、身近な人の秩序レベルは…?

ここまでで、秩序のレベルについて一通り説明しました。

そうなると次に気になってくるのは、「あなたと身近な人との関係は、いったいどのレベルの秩序なのだろうか?」ということではないでしょうか?

ところが、これ。

考えてみると、結構、難しいはずです。

たとえば、あなたが学生だったとしましょう。

そして、両親との関係性について考えてみます。

あなたが学生ですから、経済的な意味では親にほぼ完全に依存していたとします。

ですから、親と喧嘩になった時には、話し合いで折り合いがつかなければ、最終的にはあなたが折れるしかない状態です。

ただし、普段は、お互いを思いやりながら良好な関係を築いています。


さて。こんな場合には、あなたと親との関係性は、どのレベルの秩序になるでしょうか?

まず、親が経済的な強者で、あなたが経済的な弱者なことから、最終的にはあなたが折れることになるという意味では【 秩序1.0 】という要素があります。

しかしその最終的に折れるという段階になるまでは、話し合いをして折り合いの付く妥協点を探しています。

これは、“綱引き”(話し合い)をしながら”均衡点”(お互いに妥協できる決着)を探しているということですから【 秩序2.0 】的です。

そして、普段はお互いを思いやる関係を築けているのですから【 秩序3.0 】の要素もありそうです。


このように、純粋に1つだけの秩序から成り立っている関係性というのは、まずあり得ません


友人同士で“綱引き”(【 秩序2.0 】)をしている最中でも、心のどこかには同時に、相手を思いやる心(【 秩序3.0 】)が存在しているかもしれません。

というよりも、誰かと“綱引き”をしているときに、純粋に自分の利だけを考えて利己的に振舞える人の方が少ないのではないでしょうか?


あるいは、会社のような組織体について考えてみると、ワンマン社長が独裁者として君臨しているような場合には、その会社の内部は【 秩序1.0 】の雰囲気が支配的かもしれません。

しかし、その会社の隅から隅までが【 秩序1.0 】に支配されているのかと言えば、そうではありません。

たとえば、現場レベルでは以心伝心で仕事を進める名コンビ(【 秩序4.0 】)が居たり、部門間のかけひき(【 秩序2.0 】)が起こっていたり、誰にも気づかれない雑用をひっそりと片付ける善意の人のおかげで仕事が回っていたり(【 秩序3.0 】)するかもしれません。

また、社内の雰囲気は【 秩序1.0 】が中心的になっていたとしても、対外的な視点で見ると、他の会社との市場競争にさらされ【 秩序2.0 】が中心の環境に置かれているというようなこともあるかもしれません。


このように、どんな関係性についても純粋に1つのレベルだけの秩序で成り立っているということは、まずあり得ないのですが、毎回、「普段は【 秩序3.0 】中心なんだけど、たまに【 秩序2.0 】になることもあって……」などと説明していては不便でしかたありません。

なので、ここからは「中心的な秩序レベル」という考え方を使おうと思います。

たとえば、次のような比率で秩序レベルが同居している関係性があったとしたら、その中心となる秩序レベルは【 秩序2.0 】ということになります。

【 秩序1.0 】 : 5%
【 秩序2.0 】 : 60%
【 秩序3.0 】 : 25%
【 秩序4.0 】 : 10%

今後は、たとえば「【 秩序2.0 】の関係性の組織」というような表現があったら、中心となる秩序レベルが【 秩序2.0 】なのだな、と理解してください。

ところで、この中心となる秩序レベルが変化することは、どのレベルからどのレベルへの変化であっても、とてつもない大変化を私たちに経験させてくれます。

それが社会全体の変化であれば、間違いなく歴史の教科書に記録される出来事になるでしょうし、身近な関係性であってもその当事者同士の幸せに直結する大変化となるでしょう。

たとえば、絶対的な権力者が君臨する社会(【 秩序1.0 】)が崩壊し、分権的な統治(【 秩序2.0 】)がされる社会が出来たとしたら、まず間違いなく歴史の教科書に記録されることになるでしょう。

また、いつも“綱引き”をして相手の譲歩を引き出す争いをしていた同僚との関係(【 秩序2.0 】)が、お互いを思いやって助け合う関係(【 秩序3.0 】)になったとしたら、その職場の満足度や幸福度は見違えるほど高まるはずです。

というわけでここからは、ある特定の秩序レベルに注目するのではなく、秩序レベルの変化・動きについて焦点をあててみましょう。

次の章からは、秩序レベルが進化するにしたがって、どのような変化の“流れ”ができているのかを説明していきます。

秩序の進化と「他者との関係性」

まずは、それぞれの秩序レベルでの他者との関係性を考えてみましょう。

【 秩序1.0 】は、「強者」が「弱者」をコントロールする、いわば「 支配 ― 被支配 」の関係性でした。

一方で、【 秩序2.0 】は、他者をコントロール(支配)しようとする力がぶつかり合ってバランスがとれた均衡状態でした。

ですから、他者との関係性は「競争相手」「ライバル」といったような関係になるでしょう。

そして【 秩序3.0 】は、お互いを思いやり、共存しようとする関係で、「尊重」や「信頼」などの言葉がふさわしい関係性と言えるでしょう。

さらに【 秩序4.0 】では、意図的に相手を思いやったりしなくても、自然と共存の関係が築けてしまいます。

このように、【 秩序1.0 】→【 秩序4.0 】の大きな“流れ”を眺めてみると、秩序レベルがあがるにつれて、他者との関係性は「コントロール」→「尊重・信頼」へと変化していくことがわかります。

その「(他者への)コントロール」の中をさらに分解すれば、「支配・被支配が成立した関係(【 秩序1.0 】)」と「支配は成立していないが、支配を目指す力が衝突している関係(【 秩序2.0 】)」に分けることが出来ます。

また、「尊重や信頼の関係」は「意図的な努力によって成立する共存(【 秩序3.0 】)」と「意図しなくても成立してしまう共存(【 秩序4.0 】)」に分けることができます。

このように分けることは出来るのですが、【 秩序1.0 】と【 秩序2.0 】のレベルは、より大きな目線では「コントロールの関係性」と考えることができ、【 秩序3.0 】と【 秩序4.0 】は「尊重や信頼の関係性」とまとめることができるのです。

これを表にまとめると、次のようになります。

(表は拡大できます)

秩序の進化と他者との関係


秩序の進化と「人を動かす力」

さて、ここまで【 秩序1.0 】~【 秩序4.0 】にかけての、「他者との関係性」の大きな“流れ”を見てきました。

このような人と人との関係性の変化が起こるとき、それぞれの段階での「人を動かす力」はどのように変化するのでしょうか?

まず、「コントロール」のレベルである【 秩序1.0 】と【 秩序2.0 】では、他者をコントロールするわけですから、「外発的動機づけ※1」を使って他者を動かそうとすることが多いでしょう。

これは、当然ですよね?

「コントロールされる側」の視点で見れば、「コントロールしてくる誰か」という自分の外側から動機づけられるわけですから、「外発的動機づけ」です。

もちろん、支配のレベルである【 秩序1.0 】では「強制」に近いような動機付けが行われ、対立が均衡するレベルである【 秩序2.0 】では「本人が自発的に選ぶ余地を残しながら誘導する」ような動機付けが目立つかもしれません。

しかし、大きな視点では、【 秩序1.0 】も【 秩序2.0 】も、「外発的動機づけ」が中心※2で回っていると考えられます。

また、たとえば、“観念のプログラム”を書き換えるような方法で他者をコントロールすることなどが、「外発的動機づけ」にあたるかというと難しいものがあります※3

とはいえ、コントロールのレベルである【 秩序1.0 】と【 秩序2.0 】では、外発的動機づけの比率が高くなるであろうことは間違いないでしょう。


一方で、【 秩序3.0 】~【 秩序4.0 】は「内発的動機づけ」が中心になるでしょう。

なぜならば、もし「外発的動機づけ」による外からのコントロールを受けた結果として成り立っている秩序があったとしたら、それは【 秩序1.0 】~【 秩序2.0 】レベルの秩序になってしまうからです。

逆に言えば、その集団を構成する一人ひとりが「内発的動機づけ」に従ったとしても全体の共存関係が維持出来た時にはじめて、【 秩序3.0 】以上の秩序が成立するのだとも言えます。

とはいっても【 秩序3.0 】と【 秩序4.0 】では、少し様子は異なります。

たとえば【 秩序3.0 】は、お互いを思いやる気持ちから、たとえ罰則がなかったとしても自分の意志で赤信号で止まっているような状態です。

なぜ赤信号で止まるのかといえば、「事故が起こるかもしれない」、「自分も空いても痛い思いをするかもしれない」、「相手にも迷惑をかけてしまう」というような理性的な判断から、“思いやり”という内的な動機が呼び起されています。

一方で、【 秩序4.0 】は、ただ気の赴くままに楽しんでいたら、自然と成り立ってしまう秩序です。

そういう意味で、より直感的で感覚的な部分から呼び起される内的な動機にしたがっている状態です。

【 秩序3.0 】→【 秩序4.0 】の変化では、理性や論理による判断から、より直感的で感覚的な判断に比重が移っていくのです。

このような小さな違いはあるものの、より大きな視点から眺めれば【 秩序3.0 】と【 秩序4.0 】は、「内発的動機づけ」が中心になるという共通点があります。


ということは、です。

それぞれの秩序レベルには、内発的動機付けと外発的動機付けの特徴があてはめられると考えられます。

詳しくは下の参考記事を読んでほしいのですが、簡単にまとめておきましょう。

【 参考記事 】


  • 【 秩序1.0 】と【 秩序2.0 】の領域(外発的動機)では個々の能力はある程度までは発揮されるが、【 秩序3.0 】や【 秩序4.0 】の段階(内発的動機)で発揮される高いレベルに比べると見劣りする。
    (「お金や出世のためだけに頑張っても、その仕事自体を楽しんでいる職人のような人に勝つのは難しい」というようなイメージ)

  • 【 秩序1.0 】や【 秩序2.0 】の領域(外発的動機)は、【 秩序3.0 】と【 秩序4.0 】の領域(内発的動機)に比べて人間関係がギクシャクしやすい。

  • また外発的動機ベースの秩序では効率が悪くなる傾向がある。
    (管理コストが大きくなることや、ブレーキを踏みながらアクセルも踏み込むような”綱引き”の特徴のために必要以上に多くのエネルギーが必要になる)

  • 同じ外発的動機ベースの秩序でも、計画経済(【 秩序1.0 】)よりも市場経済(【 秩序2.0 】)の方が効率が改善しているということはある。また市場経済のように、競争“綱引き”によって必要以上に盛り上がった活気によって、多少効率は悪くても収穫の絶対値は大きくなり「モノ余り」のような状態になることもある。(なお、「モノ余り」も一種の非効率)

  • 【 秩序3.0 】と【 秩序4.0 】のレベルでは、個々の進む方向性によって活気の度合いは変わるため、一概に活気レベルを規定するのは難しい。

  • 【 秩序1.0 】と【 秩序2.0 】の領域(外発的動機)では、たとえ目標を達成しているような人であっても不幸を感じる傾向がある。


では、このような秩序の進化と「人を動かす力」について表にまとめてみましょう。

(表は拡大できます)


秩序の進化と人を動かす力




※1 「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」については、こちらの参考記事で説明しています。

楽しい「やる気」、ツラくなる「やる気」―内発的動機と外発的動機

※2 当たり前のことですが、100%完全に外発的動機づけだけしか存在しないという意味ではありません。同様に、【 秩序3.0 】~【 秩序4.0 】が内発的動機が中心だと言っても、それだけしか存在しないという意味ではありません。

【 参考記事 】

※3 ただし、こちらの記事に書いてある外発的動機付けの拡大解釈である「その人が純粋に進みたいと思っている方向に反して、別の方向に進ませようとする力。」に該当すると考えるなら、”観念のプログラム”の書き換えも広義の外発的動機と考えることも出来るかもしれません。


秩序の進化と「個の力」

次は、それぞれの秩序レベルでの人々の意志決定の様子を見てみましょう。


まず【 秩序1.0 】については、「強者」と「弱者」に分けて考える必要があります。

【 秩序1.0 】は強者が弱者を支配する関係性ですから、弱者には意志決定は求められません

弱者にできることは、ただただ強者の決定に従うことだけです。

一方の強者は、弱者を支配する存在ですから、あらゆる意志決定をすることを求められます。

【 秩序1.0 】の意志決定の主体は「強者」なのですね。

逆にいえば、【 秩序1.0 】の集団の未来は強者の手にゆだねられているということになります。

ですから、強者には、ある種の帝王学が求められるでしょう。

弱者にとっては、我慢するなり諦めるなり、納得するなりして強者に従うことしか出来ない領域です。


これが【 秩序2.0 】になってくると、その集団には一方的な支配を受ける弱者はいなくなります。

誰もが自分の意志で動き始めるのですが、そのそれぞれの意志がぶつかり合って“綱引き”が起こっています。

その結果として【 秩序2.0 】に生きる人々は、たとえば、次のようなことを考えています。

  • もっと安い給料で、従業員にたくさんの仕事をさせるには……?
  • もっと楽な仕事でたくさんの給料を出す決定を経営陣にさせるには……?
  • ウチの製品を、少しでも高く消費者に買わせるためには……?
  • あの製品を、少しでも安く売ってもらうには……?

このように【 秩序2.0 】では、誰もが支配を受けることなく自分の意志で行動を決めているように見えます。

しかし、よく考えてみると、必ずしもそうではないことがわかってきます。

○○に勝つためには?

○○に負けないためには?

……etc.

こんな風にして決めた方向性は、自分で決めたようでいて、他人に決められてしまっている側面も小さくないからです。

なぜならば、このような意志決定は、自分が本当に進みたい方向性を目指しているというよりも、目の前の相手と闘うことを優先した意志決定だからです。

目の前の“綱引き”に気をとられるばかりに、自分が本当に進みたい方向性に気づく余裕がなかったり、気づいていたとしても優先できなかったりするのですね。

また、この段階の秩序の特徴として、別々の人の意志決定がぶつかり合って妥協点に落ち着くということがあります。

ですから、自分がある意志決定をしたとしても、他の人に邪魔をされて、それを実行に移せないこともあるでしょう。

というわけで【 秩序2.0 】は、自分で決められる範囲は大きくなるものの、まだまだ他人の動向に大きく依存した意志決定がされている段階です。


では次に、【 秩序3.0 】について考えてみましょう。

結論からいうと、【 秩序3.0 】では、より自分が本来進みたい方向性を反映した意志決定が出来るようになります。

もちろん、【 秩序3.0 】になると他人の都合を無視するというわけではありません。

というよりも、他者に気を使ったり、思いやったりする要素がない意志決定をしていたら【 秩序3.0 】は崩壊してしまいます。

だから、この段階の意志決定も、他者からの影響は受けているはずです。

しかし【 秩序2.0 】と大きく違うのは、【 秩序3.0 】では、自ら進んで他者を思いやることを選んでいるということです。

【 秩序2.0 】で受けている他者からの影響は、ある意味で、仕方なく受けている影響です。

本当は他人の都合なんて無視して「強者」のように振舞いたいけれど、相手を支配できるほどの一方的な力がないので、少しでも自分に有利な妥協点を引き出せるように“綱引き”をしている段階です。

一方で【 秩序3.0 】では、自分から進んで、他者との共存関係を築くための意志決定をしています。


言い方を変えると、【 秩序2.0 】では自分と他者の対立関係が前提にあり、その対立を自分優位に着地させるために、相手を変えようと闘っています。

これが【 秩序3.0 】になると、お互いに共存関係を望むようになり、自分の意志で相手との共存を目指した意志決定と行動をとるようになるのです。

相手を変えようとするのではなく、共存関係を築ける自分になれるように、お互いに自分を変えるように努力するようになるのです。

ただし勘違いしないで欲しいのは、これは自分を犠牲にして相手に合わせる努力をするということではありません。

たとえば、車を飛ばすのが好きな人が居たとしたら、車を飛ばすか我慢するかの間で“綱引き”をして悶々とするのが【 秩序2.0 】の領域です。

これが【 秩序3.0 】になると、たとえば、プロのレーサーになるなどして、自分の進みたい方向性(車を飛ばすことを楽しむ)と、他者との共存(迷惑のかからない環境でレースを見せて楽しませる)を両立できる自分になることを目指します。

このように【 秩序3.0 】では、自分が本来進みたい方向性を大切にした意志決定と行動を出来るようになるのですが、それは理性的な判断や意図的な努力によるものとなります。

その次の段階である【 秩序4.0 】になると、このようなプロセスがもっと自動的に行われるようになります。

【 秩序4.0 】でも、自分が進みたい方向と他者との共存を両立していることには違いはありません。

そのことに違いはないのですが、【 秩序3.0 】のように理性的に判断を下したり、意図的に努力したりしなくても、なんとなく思いついたことを、かる~い気持ちでやってみたら成り立ってしまっているのが【 秩序4.0 】なのです。

意図的に努力して実現させるの段階が【 秩序3.0 】だとしたら、【 秩序4.0 】はいつの間にか実現してしまっているという段階なのです。


ところで、ここで説明した【 秩序1.0 】~【 秩序4.0 】への流れは、意思決定の主体という意味でも、変えようろする対象という意味でも「 他者 → 自分 」という流れがありました。

これは言い方を変えると、自分の置かれた環境が他者に依存してしまっている状態から、自分が自立的に変えていけるものへとの変化だとも言えます。

ですから、秩序レベルが上がるにしたがって、「依存状態」は「自立状態」へと変化し、「無力感」は「自信」へと変わっていくでしょう。

【 参考記事 】


これをまとめると、次の表のようになります。

(表は拡大できます)

秩序レベルと個の力

秩序進化の“流れ”が変わる最大の変化点

さてさて。

ここまで、色々な視点から【 秩序1.0 】~【 秩序4.0 】の全体に流れる”流れ”を見てきました。

まとめの意味で、ここまでに説明してきた表を、もう一度掲載しておきましょう。

(表は拡大できます)


秩序レベルの特徴



秩序の進化と他者との関係



秩序の進化と人を動かす力



秩序レベルと個の力



この表を全体的に眺めていると、全体的に「ある傾向」があることがわかってきます。


それは、


秩序レベルが上がるほどに、より自分に素直に、自分が純粋に楽しいと思えることをしていれば、全体としてもうまく行ってしまう


という“流れ”です。


言い方を変えれば、秩序レベルが上がれば、一人ひとりが人生を”楽”しむことと、集団全体の平”和”は対立することなく両立できるということです。

(ちなみに、もうお気づきかもしれませんが、“和楽の道”という名前には、このサイトが、そのような社会をつくるための“道”となるという意味が込められていたりします。)


低レベルの秩序では、人々は自分の意志を抑圧され、人間関係もギクシャクしています。

一方で高いレベルの秩序では、人々は、自分の意志も他者の自由も犠牲にすることなく、その両方を高度に両立させています。

では、このような「低いレベルの秩序」から「高いレベルの秩序」への“流れ”の中で、大きく潮目が変わる変曲点はいったいどこにあるのでしょうか?


それを考えるために、全体的な“流れ”をまとめた表を見てみましょう。

(表は拡大できます)


秩序進化の流れ


この表を眺めていると、全体の“流れ”が大きく変わる、ひときわ大きな変化点が見えてくるのではないでしょうか?

もちろん、秩序レベルの変化は、どのレベルからどのレベルに対してのものであっても、その影響は莫大だということはすでに書きました。

しかし、それらの変化の中でも、とくに大きなターニングポイントが【 秩序2.0 】と【 秩序3.0 】のあいだにあります。


もしこの境界線を越えることが出来たとすれば、それは次のようなことを意味します。


他者との関係は、コントロールして利用する対象から、尊重・信頼して共存する対象へと変化します。

外発的動機付けのデメリットは解消されることになるでしょう。

人々は、自分の本来の才能を隠してしまうような足枷、必然的に人間関係をギクシャクされるようなムダの多い社会構造、たとえ達成しても幸せになることが出来ない”見せかけの目標”から解放されるのです。

そして、意志決定の主導権を取り戻し、他人を変えようとする不毛な努力よりも、自分を変えることに意識を向け始めます。

他者に依存した状態から、より自立的なあり方が出来るようになります。

そして、一人ひとりが人生を”楽”しむことと、社会全体の平”和”は対立することなく両立していきます。


この変化が、どれほど果てしなく大きな影響を私たちの人生に与えるかは、私の表現力の限界を超えています。

進化の壁を越えていく道

そこで重要になってくるのは、その壁をどのようにして超えていくのか?ということです。

その答えについては、私も日々模索をしていますし、仮に答えがあったとしてもこの記事に書ききれるような分量には収まらないでしょう。

ただし、1つ重要なポイントを書いておくことは出来ます。


それは、一瞬にして起こる大変化を期待しすぎないということです。


たとえば、ガチガチの【 秩序2.0 】が続いてきた集団が、一夜にして【 秩序3.0 】に生まれ変わってしまうということは、まずあり得ないでしょう。

ハッキリ言って、荒唐無稽な妄想です。


では、どのようにして変化が起こっていくのか……?

すでに説明したように、ある集団の秩序が、100%どれか1つだけの秩序レベルで構成されているということは、まずありません。

たとえば、こんな具合にそれぞれの秩序レベルが同居しているのですね。

【 秩序1.0 】 : 5%
【 秩序2.0 】 : 60%
【 秩序3.0 】 : 25%
【 秩序4.0 】 : 10%

この比率を一気に変えようと思えば、夢物語の世界になってしまいます。

しかし、その比率を1%だけ変えるだけなら、決して不可能ではないでしょう。

【 秩序1.0 】 : 5%
【 秩序2.0 】 : 60% → 59%
【 秩序3.0 】 : 25% → 26%
【 秩序4.0 】 : 10%

大切なのは、この“流れ”、この“方向性”を継続していくことです。


いきなり社会全体を変えようとしても、それは不可能に近い挑戦です。

私たちの社会は、“見えないプログラム”によって動かされている部分が大きいですから、これまで動いていた“プログラム”に逆らって、いきなり新しい“プログラム”をインストールすることは出来ないのです。

【 参考記事 】


しかし、ある特定の 家族、中小企業、大企業の特定の職場、小さな学校、クラス、部活……etc.

このような小さな集団が、秩序バランスを1%ずつ変えていく地道な変化を積み重ねて、積み重ねて、積み重ねた結果、その集団の中心となる秩序レベルが1段階あがるということは決して不可能なことだとは思いません

たとえば、【 秩序2.0 】が中心的な社会の中で、ある企業が【 秩序3.0 】を実現したとしたら、【 秩序2.0 】が中心の企業にくらべて、従業員が発揮する能力、組織としての生産性や効率、人間関係や雰囲気、そしてそこで働く人の幸福度は爆発的に向上するでしょう。

(詳しくは、これまで書いてきた【 秩序1.0 】~【 秩序4.0 】の記事や、内発的動機と外発的動機の記事を読んでみてください。)

【 参考記事 】



それが学校のクラスであっても、生徒が発揮する能力や学習効率、学校の雰囲気は劇的に変わるはずです。

そのクラスでは、いじめ問題も解決してしまうかもしれません。


このような小さな集団が1つ、また1つと増えていき、【 秩序3.0 】以上の状態を実現したとしましょう。

そして、秩序レベルを引き下げるような力に負けずに【 秩序3.0 】以上の状態を維持したとしましょう。(維持が大事です)

すると少しずつ、評判がウワサになって真似してみようという人が現れるかもしれません。

成功例として、本や雑誌、TV番組などで特集が組まれるかもしれません。

そんな特集を見た人が、「これ面白いじゃん!やってみよう!」と思うかもしれません。

そして、そのような積み重ねがある臨界点を超えると、私たちの社会を裏から動かしている“プログラム”も【 秩序3.0 】仕様に書き換わることになります。


…………。

ただし、これは理想的なシナリオであって、実際にこのように事がすすむかどうかは、定かではありません

なぜならば、このシナリオの行く末は、ある人物の決断に委ねられているからです。

その人物とは、いったい誰なのでしょうか……?


それは、あなたです――。


秩序3.0 ― 思いやりの結晶」の記事でも説明したように、【 秩序3.0 】以上の秩序は、誰か特定のリーダーが「その他大勢」を強制することでは、決して実現することが出来ない秩序です。

その集団の一人ひとりが、【 秩序3.0 】にふさわしい人間にならなければ、【 秩序3.0 】は実現することは出来ないのです。

だから、どのようなシナリオで【 秩序3.0 】が成立するのか?

そもそも、【 秩序3.0 】以上の秩序が中心の集団などつくることができるのか?

この疑問の答えは、私たち一人ひとりにかかっています。


実は、今回の記事は、ある目的のために書かれています。

いや、今回の記事だけではなく、【 秩序1.0 】~【 秩序4.0 】までの秩序レベルについての一連の記事、もっと言ってしまえば、これまでに“和楽の道”で書いてきた記事には、ある1つの共通の目的が隠されています。

それは……。

あなたに「【 秩序3.0 】以上の世界に住みたい」と思ってもらうこと。

(ウソだと思うなら、過去の記事を読み返してみください。直接的/間接的の違いや関連度の深さの違いはあれど、基本的に今回の記事となにかしらの関係があるはずです)


そして、誰に強制されたわけでもない「あなた自身の意志」で、あなたの日々の生活の中に占める【 秩序3.0 】以上のバランスを1%でも増やしてみようと思ってもらうこと。

それが、今回の記事や、これまでの記事を書いてきた大きな目的の1つです。

そしてこれからも、このテーマの記事は書き続けることになると思います。

なぜならば、時分自身で決めなければ【 秩序3.0 】以上の成立は不可能だからです。

もちろん、なにを選ぶかは“あなた”次第です。

強制はしません。

ですが、もしこの考えに共感して頂けたなら、ちょっと胡散臭いと思いながらでも、あなたが【 秩序3.0 】の世界に1歩を踏み出してくれることを願っています。


(なにから始めればいいのかわからないという場合は、まずはこの記事とこの記事からリンクが張られた記事を読んで、一通りの全体像を理解してみてください。全体像が見えれば、自分が何をすべきかは、おのずと見えてくるはずです。また、この考え方を必要としている誰かに、この記事を紹介してあげてください。)

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