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秩序2.0 ― 綱引きの均衡


公開日:2017年9月19日( 最終更新日:2017年10月23日 ) [ 記事 ]
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今回の記事は、初めて訪問した方が最初に読み始める記事とは想定していないので、ただでさえ長い文章が、これ以上長くならないように、いきなり本題です。

もし、この記事から読み始めた方がいましたら、この記事よりも先に【 秩序1.0 】についての記事から読むことをお勧めします。

前回の記事で紹介した【 秩序1.0 】に続いて、今回の記事は【 秩序2.0 】について説明していきます。

【 参考記事 】


では、さっそく本題に入っていきましょう。




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(ここで一旦、お知らせです。記事はまだまだ続きます。)

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秩序2.0 ― 綱引きの均衡

まずは簡単に、【 秩序1.0 】について振り返ってみましょう。

前回の記事では、【 秩序1.0 】の例として、産業革命当時のイギリスを紹介しました。

それは、強い立場にある資本家が、弱い立場にある労働者をコントロールしている状態でした。

そして、この「強者」が「弱者」をコントロールしている“弱肉強食”状態のことを【 秩序1.0 】と呼ぶことにしました。


【 秩序1.0 】は、労働者(弱者)が、資本家(強者)に対して意見を通すことなど、限りなく難しい状態です。

これが【 秩序2.0 】になると、どのように変わってくるのでしょうか?

では、ここで考えてみてください。

例えば、一人では弱い労働者が、一致団結して徒労を組み、集団として資本家との利害の調整をしたとするとどうでしょう?


もし、力のない労働者が、一人でストライキをしている人がいたとしても、資本家が、その人をクビにして追い出してしまえばお終いです。

しかし、全従業員が一斉にストライキを起こしたとしたら、彼らを全員クビにすることはそう簡単ではありません。

そんなことをすれば、事業を続けることができなくなってしまうからです。

このような集団の力を恐れて、当時のイギリスでは、「団結禁止法」という法律までつくられています。



団結禁止法

産業革命期のイギリスで1799年に制定された労働組合の結成を禁止する法律。

 1799年、イギリスで制定され、1800年から発効した労働者の労働組合結成を禁止する法律。当時イギリスでは産業革命が進行して、労働者階層が形成されたが、長時間労働・低賃金・一方的な解雇など苛酷な労働条件のもとにおかれていた。そのような中で、フランス革命の影響もあって人権思想にもとづく労働条件の改善要求が強まった。それに対してイギリス政府(ピット内閣)は、議会の多数を占める資本家階層の利益を守るため、団結禁止法を制定し、労働者の運動を取り締まった。

団結禁止法の廃止
 19世紀に入り、自由主義政策に転換する中で、団結禁止法は1824年に廃止されて、労働組合の結成が認められ、さらに1871年には労働組合法が制定されて、ストライキ権などの権利も保障されることとなる。

WEBサイト 世界史の窓 「団結禁止法」の項目より(2017年9月10日に引用)




このように、一人では「弱者」でしかない労働者たちも、集団をつくることで「強者」に対抗する力を持つことが出来るわけです。

では、このように「圧倒的強者」と「圧倒的弱者」という関係性が崩れ、力が拮抗してきた場合には、その関係性にどのような力学が生まれるのでしょうか?

例えば、資本家が、「給料をもっと下げたい」とか、「もっと長時間働かせたい」と思ったとしましょう。

しかし、その意図は簡単には実現することは出来ません。

なぜならば、そんなことをすれば、労働者たちが徒労を組んで反抗してくるからです。

【 秩序1.0 】の摂理が支配する場であれば、力の原理によって、「強者」は「弱者」をねじ伏せることが出来ました。

しかし、「強者」と「弱者」の力の差が縮まり、対等な力関係に近づいてくると、もはや「強者」が一方的に「弱者」をコントロールすることは出来なくなるのです。

この関係が成立した場には、ある種の安定が訪れることになります。

資本家と労働者が、お互いに自分の利益を主張する“綱引き”を繰り広げる中で、お互いの力が吊り合っている場合には、“綱引き”の縄は動かなくなります。

もはや、対立の落とし所は、「強者」の意のままに決めやれるものではなくなり、ぶつかり合う両者の妥協点(“綱引き”の均衡点)に落ちつくことになります。

これが、【 秩序2.0 】―“綱引きの均衡” です。

【 秩序1.0 】が、“「強者」が「弱者」の首に縄をくくりつけて、強引に引きずりまわすような世界”だとすれば、【 秩序2.0 】は“同じくらいの力の持ち主が縄を引き合うことで生まれる安定”なのです。


必死に綱引きをする男性
画像:“Tug of War” by toffehoff




【 秩序2.0 】の成立条件

では次に、もう少し詳しく【 秩序2.0 】の特徴について考えていきましょう。

まずは、【 秩序2.0 】の成立条件について考えてみましょう。

【 秩序2.0 】を成立させるためには、“綱引き”を膠着させなければなりませんから、当然、“綱引き”に参加するプレーヤーの実力が拮抗していなければなりません。

もし、一度、“綱引きの均衡”が成立して【 秩序2.0 】状態を実現したとしても、なにかしらの要因で“力のバランス”が崩れれば、【 秩序2.0 】は崩壊してしまうのです。

例えば、資本家と労働者の例を思い出してみましょう。

資本家と労働者の力が均衡している場合には、どちらかが自分勝手な振る舞いをすることは出来ませんでした。

しかし、このようにして、一度【 秩序2.0 】が成立したような場合でも、この力のバランスが崩れてしまったとしたら何が起こるでしょうか?

例えば、資本家がさらに強い力を身につけるような場合には、また労働者側が抑圧されるような状態(【 秩序1.0 】)に逆戻りしてしまっても何も不思議はありません。

実際、私たちの身の回りでも、産業革命当時のイギリスに比べれば遥かにマシとは言っても、「ブラック企業問題」が騒がれています。

このような問題が起こっている原因の(少なくとも)1つは、“綱引きの均衡”が崩れていることにあるでしょう。

その証拠に、現在の多くの日本人が、「仕事が嫌だ。こんな会社、もう行きたくない。」と思いながらも、「会社を辞めることも難しい。」、「会社に環境改善の交渉をすることも難しい。」と感じていると思います。

つまり、“綱引き”の力関係が「会社側有利」に大きく傾き、“綱引きの均衡”が崩れかかっているのです。


あるいは、“綱引き”の力関係が「労働者側有利」に傾きすぎるとどうなるでしょう?

例えば、「“無秩序交差点”を立て直せ!―秩序を生むのは「外からの強制」か?「内なる優しさ」か?」の記事で紹介したような、かつての国鉄の「遵法闘争」のような行き過ぎた行為が横行するかもしれません。

国鉄の「遵法闘争」の例では、あまりにもその行為が行き過ぎた結果、国民や政府までが“綱引き”に参加することになり、最終的には労働組合側が大敗を喫することになりました。

結局行き過ぎた順法闘争は国民の反感を買ったばかりか、経営面では特に貨物輸送に打撃を与え、当時の首相であった三木武夫により「ストには屈しない」とする声明が出されたことで、国労側の完全敗北と言う形で終結した




“綱引き”に参加するプレーヤーたちの力が均衡が崩れれば、【 秩序2.0 】も崩れ去ってしまうのですね。

また、前回の記事で紹介した【 秩序1.0 】の成立条件と同じように、【 秩序2.0 】も「他者をコントロールしようとする意図」がぶつかり合うことで生まれる秩序です。

もし、「他者をコントロールしようとする意図」が存在しなければ、そもそも“綱引き”は起こらないでしょう。

ですから、このような意図の存在も、【 秩序2.0 】が成立するための前提になります。



【 秩序2.0 】 の成立条件

  • 他者をコントロールする意図が存在し、実行に移されていること
  • 異なる方向性を持った「他者をコントロールしようとする力」が、全体として拮抗していて、特定の意図を持ったプレーヤーが支配的な影響力を持てない状態





秩序維持の方向性(【 秩序2.0 】)

【 秩序2.0 】は、このようにして成立する秩序ですので、【 秩序2.0 】を維持しようとすれば、当然、“綱引きの均衡”が崩れるのを防ぐ方向性になります。

ここまで、資本家と労働者の例が多かったので、別の例をあげて考えてみましょう。

例えば、資本主義の国々では、「独占禁止法」という法律が見られます。

これは、言ってみれば、“綱引きの均衡”(【 秩序2.0 】)を保つための法律と言えるでしょう。

このことを説明するためには、まず、「競争」の考え方について知っておく必要があります。

常識レベルの言葉ではありますが、念のため、簡単に説明しておきましょう。

資本主義の基本的な考え方に、「競争」という考え方があります。

例えばの話です。

もし、日本中の米農家が合併を繰り返し、最終的に、すべての農家がたったひとつに統合されたと考えてみてください。

日本でお米をつくっているすべての農家が、超巨大なたった1つの組織に統合されてしまったのです。

すると、何が起こるでしょう?

例えば、その組織のトップが、もっと高い値段でお米を売りたいと考えたとしましょう。

そして、「明日から、お米の値段を10%値上げします」と宣言したとします。

私たちは、もっと安くお米が買いたいのですが、他にお米をつくっている人が居ない以上、泣き寝入りして1割増しの値段で買わざるを得ません

(簡単にするため、「パン」や「うどん」などの他の主食については、今は考えないことにしましょう。)

そうなれば、多少高い値段でもお米が売れるので、もっと効率的にお米を生産する努力もしなくなります。

農業の生産性は、いつまでたっても上がらないでしょう。


さらには、お米の品質だって下がってしまうかもしれません。

例えば、少し出来の悪いお米が出来てしまったとしましょう。

そんなときの農家の気持ちを考えてみましょう。

私たちの普通の感覚では、「そんな出来の悪いお米を売ってしまえば、自分たちの評判が落ちて、次回からお米を買ってもらえなくなるのではないか」と、心配すると思います。

しかし、もし、自分たち以外にお米農家がいなければ、品質の悪いお米を売ったって、なんの問題もありません

「嫌なら、お米食べるのやめたら?」

そう脅されれば、お米を買いたい人は、泣き寝入りをするしかありません。


そうです。

市場がたった1つの集団に独占されてしまうと、私たちは、品質が悪くて高いお米を買わざるを得ない状況に追い込まれてしまうのです。

市場が、強大な力をもつ者が自分の主張を一方的に通す【 秩序1.0 】的な摂理が支配する場になってしまうのですね。


一方で、もし、そこらじゅうに色々な農家が乱立していたとしたらどうでしょう?

そうなれば、もし、同じお米を市場価格よりも高い値段で売ろうとする農家が現れたとしても、その農家は消費者から無視をされるだけです。

ちょっと探せば、品質が同等なお米を、もっと安く売ってくれる農家が居るのですから、そちらに行列ができるだけのことです。

つまり、お米農家は、市場を無視して好き勝手な値付けをすることができないのです。

逆に、消費者の側が、法外に安い値段でお米を買おうとした場合はどうでしょう?

そんなときには、農家側に、「冷やかしなら、余所で頼むよ。ウチには、この値段で買ってくれるお客さんがたくさんいるんだ。この値段で買うつもりがないなら、帰った。帰った。」と言って追い返されてしまうでしょう。

市場に圧倒的な強者がいなければ、売り手側も、買い手側も、自分で価格を決めることはできなくなるのです。

そんな場合には、価格は「需要と供給のバランス」によって決まることになります。

生産者の「少しでも高く売りたい」という意図と、消費者の「少しでも安く買いたい」という意図――。

市場に参加するすべてのプレーヤーの利己的な意図が“綱引き”をした結果、市場価格は、その“均衡点”に落ち着くことになるのです。


まさに、【 秩序2.0 】―“綱引きの均衡” ですね。


市場がこのような状態に保たれるとき、売り手である農家同士の間にも競争[※1]が起こります。

「より品質の良いお米を、より安く供給しよう」という競争です。

もし、ある農家だけが、「より良い品を、より安く」を実現してしまえば、他の農家は売り上げを減らすことになってしまいます。

逆に、自分だけがその状態を実現すれば、一人勝ちのウハウハ状態です。

だから、それぞれの農家は、生き残りをかけて、自分の米づくりの方法への工夫や改良を続けようという気持ちになります。

より少ない資源(物質的資源、エネルギー資源、人的資源など)で、より品質が良いお米を、よりたくさんつくるための創意工夫が行われるのです。

農家同士の競争(“綱引き”)が、社会全体の生産性を向上させ、より効率のよく資源(リソース)を使うことにつながるのですね。

(農家同士が切磋琢磨して、競争の“綱引きの均衡”状態を保っている間はいいのですが、その均衡が崩れ、限られた強者が勝ち残り、寡占・独占状態になってしまうと、ふたたび先ほどの問題が起こります。)


また、明らかに品質が悪い商品を売るなど、もってのほかです。

“綱引きの均衡”状態にある市場でそのような行為をすることは、自ら「市場からの退場」を宣言するような自殺行為といえるでしょう。

(完全情報の前提がない場合には、バレなければ、不良品を売ったとしても痛くも痒くもありませんが……。)

このように、健全な競争状態を保つことには大きなメリットがあります。

この大きなメリットを保つために、「独占禁止法」では、日本中の農家が1つにまとまって、超巨大な圧倒的強者として君臨するようなことを規制しています。

言い換えれば、“綱引き”のパワーバランスが崩壊しないようにコントロールしているわけです。

このように、【 秩序2.0 】レベルの秩序維持の方向性は、“綱引きの均衡”のバランスが崩れないように維持するという方向性になります。


この“綱引き”のパワーバランスを維持しなければならない関係上、【 秩序2.0 】は【 秩序1.0 】よりも繊細なバランスの上に成り立つ秩序だと言えるでしょう。

例えば、もし、繰り返される競争(“綱引き”)の中で、競争に勝ち抜き圧倒的な力をつけた「強者」が現れれば、【 秩序2.0 】は崩壊してしまうのです。

その意味で、【 秩序2.0 】の方が、【 秩序1.0 】よりも高度な秩序(より繊細な秩序)と言えるでしょう。


なお、ここで紹介した「独占禁止法」以外にも、私たちの社会には【 秩序2.0 】を前提に設計された制度がたくさんありますので、後ほど、もう少し例をあげてみようと思います。

また、余談ではありますが、上に書いたような競争で成り立つ市場経済のライバルだった「計画経済」は、国家という圧倒的な強者が、「なにを、いくつ生産するのか」を一方的に指定する仕組みですから【 秩序1.0 】的です。

そこには、“均衡点”を探して全体のバランスをとるような仕組みは存在せず、ただただ上からの指示と命令が存在するだけです。


※1 この場合は“綱引き”は、農家同士でお互いをコントロールしようとしているわけではありませんが、消費者という第三者をコントロールしようとする“綱引き”を繰り広げ居ている状態です。

ですから、この状態も、【 秩序2.0 】の定義の「他者をコントロールしようとする力が、ぶつかり合って拮抗している状態」に当てはまると考えられます。

また、上では、あえて「コントロール」というネガティブな印象がある言葉を使いました。

しかし、ここでは、「よりよい品質のお米を、なるべく安く」という方向性で消費者の関心を勝ち取ることなど、一般的にポジティブに捉えられる方法も含めて、コントロールと表現しています。




【 秩序2.0 】のルールのあり方

【 秩序2.0 】レベルの秩序維持の方向性は、“綱引きの均衡”のバランスが崩れないように維持するということにありました。

では、【 秩序2.0 】の世界でつくられるルールには、どのようなものがあるでしょうか?

典型的なのは、すでに説明したような「独占禁止法」のような法律(ルール)です。

独占禁止法の目的は、一部の強者が市場を独占(寡占)して、【 秩序1.0 】の摂理が市場を支配してしまうことを防ぎ、市場を競争状態(=【 秩序2.0 】、“綱引きの均衡”)に保つこと[※2]です。


そのために、例えば、巨大企業同士が合併して、“綱引きの均衡”を崩す圧倒的強者が生まれるような場合には、公正取引委員会が「待った!」をかけるわけです。

言い方を変えれば、独占禁止法や公正取引委員会は、“綱引き”に参加するプレーヤーの実力を拮抗させ、“綱引きの均衡”を維持させるための存在なのです。


ところで、ここで少し疑問がわいてきませんか?

「独占禁止法」のようなルールが、【 秩序2.0 】を目指していることは理解できます。

ですが、独占禁止法に違反する行為をすれば、国家権力によって罰せられることがあります。

これは、明らかに【 秩序1.0 】的ではないでしょうか?

市場を支配できるほどの力を持っているとは言っても、相対的には弱者である独占的な企業を、圧倒的な強者である国家権力が力でねじ伏せるのですから……。

たしかに、この考え方には一理あるように思えます。

「独占禁止法」のようなルールは、独裁的なプロセスで決められた場合には、その通りだと言ってもいいでしょう。

つまり、政治的(社会のルールをつくるという意味)には【 秩序1.0 】的に決められた、市場を【 秩序2.0 】状態に保つためのルールだと言えるのです。

このように、「独占禁止法」という、ある1つのものごとだけに注目してみても、その中に、別々のレベルの秩序が同居していることも普通にあり得るのですね。

ところで、上で、わざわざ「独裁的なプロセスで」と断ったのはなぜでしょうか?

それは、例えば、民主主義的なプロセスを踏んでいる場合には、国家権力によって罰則をあたえるようなルールをつくることも、必ずしも【 秩序1.0 】的だとは言えないということです。

民主主義を実現しようとした場合、「選挙によって送り出しだ代表者たちに意志決定をしてもらう」という方法を使うことが典型的でしょう。

この選挙が正常に機能していれば、「ルールをつくる側」と「ルールに縛られる側」のあいだには、ある程度以上の【 秩序2.0 】(“綱引きの均衡”)的な関係が生まれます。

なぜならば、あまりにも理不尽なルールをつくれば、次回の選挙で落とされてしまうからです。

圧倒的な強者である国家権力が、力を背景に人々を支配する独裁制[※3]とは違い、国民と為政者の間に、ある程度以上の“綱引きの均衡”が成立しているからです。

ただし、これは「理想的な民主主義」が実現した場合であって、見かけは民主的で【 秩序2.0 】が成り立っているように見えても、そうでない要素が紛れ込んでいることもあるでしょう。

例えば、国民が十分な情報を持ち、教養や知性を身につけ、公正な選挙運営のもとで、自分で決めた候補に投票しているような場合には、【 秩序2.0 】が主体の民主主義が行われていると言えるでしょう。

しかし、こんな場合もあるかもしれません。

例えば、マスコミが大金を積んでくれたスポンサーのために、世論をミスリードするためのキャンペーンを大々的に実行したとしましょう。

視聴者の側に、それを見抜くだけの力があれば、問題はありません。

しかし、それを見抜くことが出来なければ、視聴者は、そのミスリードを起こすために流された情報に影響を受けた状態で投票することになります。

これは、“観念”のプログラムを埋め込まれて、コントロールされている状態ですね。

自分で決めたつもりでいても、人に操られていたということです。

【 参考記事 】


あるいは、選挙で代表者を選ぶところまでは理想通りに進んでも、その後で問題が起こるかもしれません。

例えば、当選した政治家にたいして、超巨大企業がロビー活動を展開して、議員たちの過半数を買収してしまったような場合を考えてみてください。

これは、「金の力」で国の政策をコントロールしてしまっているのですから、まさに【 秩序1.0 】的です。


そう。

民主主義だからと言って、必ずしも、【 秩序2.0 】だけで成り立っているわけではなく、【 秩序1.0 】の要素が同居する余地があるのですね。

もっと言ってしまえば、形ばかりの選挙があったとしても、実質的に独裁状態の国であれば、【 秩序2.0 】よりも【 秩序1.0 】の比率の方が多いくらいかもしれません。

このように、ある1つの制度を分析してみても、複数のレベルの秩序が同居しているのです。

なにかしらの物事を、完全な【 秩序1.0 】や、完全な【 秩序2.0 】というように、「白か黒か?」視点で見ようとすると、混乱してしまいます。

この先を読み進めるにあたっても、是非、「白か黒か?」ではない「グレーの視点」を忘れないようにしてください。


少し話が飛んでしまいましたが、【 秩序2.0 】レベルのルールは、パワーバランス(“綱引きの均衡”)を維持し、「強者」と「弱者」の二極化が起こらないように維持する役割を果たすように設計される傾向があります。

独占禁止法以外にも、このような仕組みはたくさんありますので、後ほど、いくつか取り上げるつもりです。


また、“綱引き”レベルの秩序では、「ルールを守ること」さえも“綱引き”の手段となってしまうことがあります。

例えば、先ほども紹介した「遵法闘争」などがそのよい例です。


※2 当然のことながら、法律の条文に【 秩序1.0 】だとか、【 秩序2.0 】などと書かれているわけではありません。

「独占禁止法」の目的については、下のリンク先を参考にしてみてください。

【 参考ページ 】


※3 もちろん、独裁国家でも、あまりにも過激な支配をするとクーデターが起こるかもしれないという可能性があります。独裁国家という場を支配する摂理が【 秩序1.0 】中心だと言っても、【 秩序2.0 】などの他のレベルの秩序が同居していないわけではありません。




【 秩序2.0 】の自由度

では次に、【 秩序2.0 】の世界に住む人々の自由度について考えてみましょう。

【 秩序1.0 】の世界では、「強者」は好き勝手に振る舞える一方で、「弱者」は理不尽なほどの不自由を強いられました。

【 秩序2.0 】の世界では、誰もが、ほどほどに不自由になります。

これは、ちょっと考えてみればわかりますよね?

【 秩序2.0 】というのは、それぞれ違った方向性の意図を持った人々が、お互いに“綱引き”をすることでうまれる、力の“均衡点”で成り立つ秩序のことでした。

ということは、競争、腹の探り合い、牽制合戦、時には実力行使などの“綱引き”が、【 秩序2.0 】の成立の前提となるということです。

このように、四六時中、“綱引き”に「負けないための努力」、「勝つための努力」に気を取られていては、自由に自分が動きたいように動くのは難しくなります。

“綱引き”の“縄”は、互いを縛り合う“呪縛”にもなり得るのです。

とは言っても、【 秩序1.0 】の「弱者」の理不尽なまでの不自由に比べれば、【 秩序2.0 】の「ほどほどの不自由」は、遥かにマシなレベルの不自由さだと言えます。

資本家に逆らうことも出来ず、低賃金、長時間労働、劣悪な環境などに悩まされるくらいなら、本来はもっと好きなことに使いたかった時間やエネルギーを割いてでも、労働組合を結成して資本家に対抗した方が、遥かにマシな生活が送れるということです。

ただしこれは、あくまでも「マシ」というレベルであって、「自由」か「不自由」か?と聞かれたら、どちらかと言えば「不自由」の範疇に入るでしょう。

【 秩序2.0 】― “綱引きの均衡” を推し進めた世界は、【 秩序1.0 】― “弱肉強食” にくらべればマシとは言え、あくまでも不自由なレベルの世界なのです。

私が目指したいのは、さらに上のレベルの秩序である【 秩序3.0 】以上の世界なのですが、これについては次回以降の記事をお待ちください。




【 秩序2.0 】の柔軟性・変化のスピード

上では、“綱引き”の“縄”は、お互いを縛り合う“呪縛”だということについて書きました。

このように、“綱引き”を“均衡”させることで成り立つ【 秩序2.0 】を言い換えれば、それは、互いに縛り合うことでうまれる安定なのだと言うことができます。

ですから、【 秩序2.0 】レベルの集団は、たとえ変化が必要であったとしても、遅々としてなかなか変化を起こせないことがあります。


ちょっと、想像してみてください。

もし、障害物のない広い部屋で、「ちょっと向こうまで、10メートルくらい歩いてください」と言われたとします。

健康な人であれば、このくらいのことは、朝飯前ですよね?

しかし、「誰かと綱引きをしている状態で、相手の人を引きずりながら、10メートル向こうまで移動してください」と言われたらどうでしょう?

これは、ちょっと大変です。

もちろん、相手が幼稚園児なら簡単かもしれませんが、そんなに力の差がある場合は「強者」と「弱者」での“綱引き”ですから、【 秩序1.0 】ということになってしまいます。

いま考えているのは【 秩序2.0 】ですから、あくまでも実力が拮抗した人を、10メートルも引っ張らなければならないのです。

これは、そう簡単なことではありません。

だから、【 秩序2.0 】レベルの集団は、簡単には変わることが出来ないのです。

例えば、誰かが「こういう事をはじめてみてはどうだろう?」と提案すると、必ず他の誰かが「いや、それにはこんな問題がある」、「上手くいかなかったら誰が責任をとるんだ?」、「簡単に言ってくれるけど、誰がやるの?成功する保証は?」等と“綱引き”を起こして、それを止めにかかります。

絶対的な「強者」の存在する【 秩序1.0 】では、「強者」が決断すれば、その命令に人々を従わせることは簡単なことでした。

しかし、「強者」不在の【 秩序2.0 】では、集団としての決断をして、その決断どおりに集団を変化させることが非常に難しいのです。

【 秩序2.0 】では、誰かがアクセルを踏み込んでも、他の誰かがブレーキを踏み、エンジンはフル回転するけれども車は進まないという、エネルギーの無駄使いが起こりやすいのですね。

このように書くと、「柔軟な変化が難しいこと」は【 秩序2.0 】のネガティブな側面に見えるかもしれませんが、そう決めつけるのも早計です。


たしかに、【 秩序2.0 】の集団では、必要な変化を起こそうとしても“綱引き”が始まり、変化に抵抗が起こります。

変化を起こすために大量のエネルギーを注いだとしても、そのエネルギーの大半は“綱引き”のために消耗してしまうかもしれません。

これは紛れもなく、【 秩序2.0 】のデメリットだと言えるでしょう。

しかし、このことは同時に「悪い変化[※4]」を遅らせてくれる作用だとも言い換えることも出来ます。

【 秩序1.0 】の集団では、良い変化を起こすことも、悪い変化を起こすことも「強者」の思いのままです。

「強者」がその気になれば、「弱者」を抑圧する方向性の変化を起こすことも簡単です。

しかし、【 秩序2.0 】では、そのような暴政や抑圧を行おうとすれば、必ず“綱引き”が起こり、その変化を遅らせようという作用が生まれます。

そう考えると、【 秩序2.0 】のレベルというものは、「悪い変化」が起こりにくくなる事と引き換えに、「良い変化」も起こりにくくなっていることを受け入れている状態だと見なすことも出来そうです。


※4 いつも書いていることですが、「良い」「悪い」という指標は絶対的なものではありません。しかし、毎回そのことを説明していると、ただでさえ長い文章がさらに読む気の失せる文章になってしまいますので、ここでは一般的な意味で「良い」「悪い」という言葉を使っています。また、この文脈に限らず、私が「良い」「悪い」などの言葉を使う場合は、特に断りがなくても、そのような意図のことがほとんどですので、適宜、そのように受け取っていただければと思います。




【 秩序2.0 】の雰囲気

これまで説明してきたことからわかるように、【 秩序2.0 】が成り立つ背景には、必ず対立構造が存在しています。

対立がなければ“綱引き”は起こりませんから、これは当然です。

対立構造を基盤として成り立つ秩序である以上は、その雰囲気も、必然的に対立的な雰囲気となるでしょう。

例えば、闘争心、競争心、怒り、強欲、利己心、否定、攻撃、妨害、不信、疑心暗鬼などがキーワードになるでしょうか。

そして、【 秩序2.0 】は“綱引きの均衡”ですから、ただ単に「対立構造」が存在するだけでは成立しません。

「対立状態」を維持し続けてこその“均衡”だからです。

この“均衡”状態が出来上がると、必要な変化であっても、簡単には起こせないようになることはすでに説明しました。

ですから、“綱引き”の縄に縛られて、自由に動けないことによる、イライラや焦り、もどかしさ、不安、閉塞感などの感情が募ることもあるでしょう。

そして、“綱引き”をし続けることに疲れ、疲弊や、怒りが出てくることもあるでしょう。


ここまで、比較的ネガティブなキーワードが多かったですが、もちろん、こういった“綱引き”のエネルギーが、活気や新しいものを生み出しているという側面もあります。

例えば、競争のない計画経済に較べ、競争の激しい市場経済では、熾烈な“綱引き”によって全体が活気づき、計画経済よりも市場全体のパイが大きくなる傾向があることはよく知られています。

ただし、“綱引き”が過酷であれば過酷であるほど、投入されたエネルギーは“綱引き”のために消費され、有効活用されないことがあることには注意が必要です。

なので、空回りや無駄、非効率などが、【 秩序2.0 】の雰囲気を象徴するキーワードになることもあるでしょう。


では次に、【 秩序1.0 】の雰囲気とも比較してみましょう。

【 秩序1.0 】の雰囲気を表すキーワードは、恐怖や抑圧でした。

「弱者」は「強者」に恐怖し、抑圧され、自由を奪われていました。

「弱者」の心を支配するのは、「自分にはこの状況をどうすることもできない」という無力感や諦めでした。

しかし、【 秩序2.0 】になると、この雰囲気は少し変わってきます。

【 秩序2.0 】においては、“綱引き”に参加するプレーヤーは、多少なりとも「自分には、この状況を変える力がある」という認識を持っているはずです。

なぜならば、もし自分には状況を変える力がないと思っていたら、わざわざ莫大なエネルギーが必要な“綱引き”に参加したりはしないでしょう。

そしてなによりも、実際に“綱引き”の戦況に影響を与えられるだけの力を持っていないければ、パワーバランスが崩れて“均衡”状態が破れてしまいます。

“綱引きの均衡”が成立していること自体が、それぞれのプレーヤーが無力ではないことの証明なのです。

というわけで、【 秩序2.0 】では、【 秩序1.0 】のような無力感は和らいでいきます[※5]

自分の生き方を他者に握られている【 秩序1.0 】に比較して、「自分の生き方は自分で決める」という自立的な雰囲気が強くなってくる段階なのです。

この「自分の生き方は自分で決める」ということは、裏を返せば、「自分で決めたことなので、人のせいにすることが出来ない」ということでもありますから、自分の責任で生きる強さが求められる段階とも言えます。

【 秩序2.0 】は、恐怖や抑圧に対する諦めの境地から抜け出し、恐怖の対象と闘うレベルになるわけです。

そして、【 秩序2.0 】が続く限りは“綱引き”は“均衡”し続けますから、その「闘い」は永遠に続くことになります。

「不断の努力」が必要になるわけです。


※5 とは言っても、何度も書いているように“綱引き”をしながらだと変化のスピードは遅いですし、ジリ貧でどんどん追い詰められていくこともあるでしょう。自信が打ち砕かれたり、敗北感に苛まれたりすることもあるでしょう。完全に無力感から解放されるわけではないのです。




私たちをとりまく【 秩序2.0 】

ところで、私たちが住んでいる現代の社会制度は、今回の記事で解説した【 秩序2.0 】を前提に設計されたものがたくさんあります。

もう少し、【 秩序2.0 】の例をあげてみましょう。

例えば、政治の仕組みでは「三権分立」の考え方が、【 秩序2.0 】のよい例でしょう。

これは、「権力が集中すると腐敗が起こることが多い」という経験から、「立法権」、「行政権」、「司法権」の三権を分立させて、互いに牽制(“綱引き”)させることで、権力の健全さを保とうという考え方ですね。

「与党」と「野党」に“綱引き”をさせるという考えも、これに似ていますね。

どちらも、「まさに、“綱引きの均衡”」という感じです。

もちろん、見た目には三権分立のかたちを取り繕っていたとしても、実質的に、その中のどれかが突出した力を持っていれば、実態は【 秩序1.0 】だということもあるでしょう。


では次に、「ある国の政治」から、さらに視点を拡げて「国際関係」について考えてみましょう。

例えば、ニュースなどで、「軍事バランスを崩す試みは許されない」などという言葉を耳にすることがあります。

これは、どういうことなのでしょうか?

例えば、2つの敵対勢力がいる場合を考えてみてください。

もし、両者の実力が近い場合には、深刻な争いには発展しにくいでしょう。

なぜならば、お互いに、「手を出せば、自分もタダでは済まない。下手をすれば負けるかもしれない。」ということがわかっていて、手を出すことを躊躇うからです。

しかし、もしどちらかが「自分は絶対に勝てる」と確信していたらどうでしょう?

そんな場合には、小さな火種をきっかけにして、大きな争いが起こるかもしれません。

たとえ、相手が平和的な話し合いによる解決を望んでいたとしてもです。

「ドラえもん」のジャイアンが、「話せばわかるよ」と説得するのび太くんを無視して、ゲンコツをお見舞いするような状況ですね。

だから、なるべく大きな争いを起こさないためには、敵対勢力の実力のバランスを同じくらいにしておかなければならない。

これが、勢力均衡の考え方です。

のび太くんが、ジャイアンと互角に戦えるだけの腕力を持っていれば、ジャイアンも気軽に喧嘩は吹っ掛けられないので、結果的に平和が訪れると考えられるのです。

まさに、“綱引きの均衡”。【 秩序2.0 】的な考え方ですね。

たから、勢力の均衡を崩そうとする国が現れた場合には、「軍事バランスを崩す試みは許されない」などと非難されたりするわけです。

言い換えれば、「せっかく“綱引きの均衡”(【 秩序2.0 】)が成り立っているのに、“弱肉強食の世界”(【 秩序1.0 】)に引き戻すことは許さない」ということでしょう。

少しだけ余談ですが、この勢力均衡の考え方は、『ワンピース(三大勢力の均衡)』、『NARUTO(5大国の均衡)』のような国民的な人気漫画にも登場する考え方です。

作中で、このようなパワーバランスが実際に機能しているように見えるかどうかは別として、このような人気漫画で、当然のように【 秩序2.0 】の世界観が登場することは注目に値します。

なぜならば、そのことは、その世界観を違和感なく読んでいる私たちの社会全体が【 秩序2.0 】― 綱引きの均衡 の世界観を違和感なく受け入れていることの証拠と考えられるからです。


さてさて。

視野を拡げて国際関係について見てみた後は、思いっきり視野を狭めて、家庭での【 秩序2.0 】の例をあげてみましょう。

例えば、小学生の子供にテストで高得点をとってもらいたいと思っている親を思い浮かべてみてください。

「1日でも勉強をサボったら、1ヶ月間ご飯抜き!家にも入れてあげないから、外で寝ることになると思いなさい!!」

もし、そんな風に言って、下手をしたら暴力まで使って子供に勉強を強制したとしたら、それは【 秩序1.0 】的です。

親が養わなければ生きていけない小さな子供にとって、親にそんなことを言われてしまったら、勉強をする以外の選択肢は選びようもないからです。

まさに、「力によるコントロール」です。

ではこれが、次のようになったらどうでしょう?


親 「次のテストで90点以上とれたら、お小遣いに100円あげるよ。」

子 「100円なんて欲しくない!だから、勉強もやらないっ!!」

親 「そんなこと言わないで、勉強しようよ。じゃあ、80点以上で100円。90点以上だったら500円。」

子 「頑張って勉強したって、どうせ90点なんか取れないし……。」

親 「そういえば、この前、欲しいゲームがあるって言ってたよね?80点以上を3回とるか、90点以上を1回とれれば、そのゲーム買ってあげようか?」

子 「えっ……。あのゲーム買ってくれるの!?80点なら頑張れば取れるかもしれないし、やってみるよ!!」



もし、こんなやりとり[※6]があったとしたら、これは【 秩序2.0 】的です。

なぜならば、“綱引き”の結果として、お互いに納得して妥協できる“均衡点”に至っているからです。

「市場価格」が、需要と供給の“綱引きの均衡”の結果として決まる様子に似ています。


このように見てみると、私たちの周りには【 秩序2.0 】がありふれていることがよくわかります。

国際関係では軍事バランスの均衡、国内政治では三権分立や選挙、経済の分野では市場原理やそれを守る独占禁止法にも、【 秩序2.0 】の発想がありました。

もっと身近な場面として、1つの企業だけに注目してみても、その中では使用者側と労働組合による“綱引きの均衡”によって秩序が維持されていることがありました。

あるいは、労働組合がないような会社でも、部下による上司の評価制度のような仕組みがある場合もあります。

経営層が何を意図してこのような制度を導入したのかは会社によって様々でしょうが、このような制度が導入されると、上司と部下の間の“綱引き”の力関係を変化させることになります。

普通は、上司が部下を一方的に評価しますから上司が「強者」で部下が「弱者」になりがちですが、評価が双方向になることで、力のバランスを均衡状態に近づけることができるのです。

さらには、親子の間にすら【 秩序2.0 】の関係が成り立ちうることについても説明しました。

少し探せば、私たちの身の回りには【 秩序2.0 】が、まだまだありふれています。

ですが、その説明は、もうこのくらいにしておきましょう。

興味があれば、あなたの身の回りを観察して、【 秩序2.0 】を探してみてください。


※6 ちなみに、このようなやり方で、子供に勉強をさせることはお勧めできません。詳しくは、下の参考記事を読んでみてください。

【 参考記事 】




【 秩序2.0 】のまとめ

では、最後にまとめです。
今回の記事書いてきた内容を、簡単に振り返ってみましょう。


【 秩序2.0 】とは?

  • 「強者」が「弱者」をコントロールする【 秩序1.0 】とは違い、「同じくらいの実力の者どうし」が“綱引き”をしたときに現れる安定状態(均衡状態)


【 秩序2.0 】の成立条件

  • 他者をコントロールする意図が存在し、実行に移されていること
  • 異なる方向性を持った「他者をコントロールしようとする力」が、全体として拮抗していて、特定の意図を持ったプレーヤーが支配的な影響力を持てない状態


秩序維持の方向性(【 秩序2.0 】)

  • “パワーバランス”の維持
  • 例えば、労働組合や、独占禁止法、三権分立、選挙、二大政党制など


【 秩序2.0 】のルールのあり方

  • “パワーバランス”を維持するためのルール
  • 民主的に決められたルールは【 秩序2.0 】的
  • ルール自体が“綱引き”の道具になることも(例えば「遵法闘争」)


【 秩序2.0 】の自由度

  • 誰もが、ほどほどに不自由
  • “綱引き”の縄は、お互いを縛り合う呪縛
  • 「不自由」とは言っても、【 秩序1.0 】の「弱者」にくらべれば、遥かにマシ


【 秩序2.0 】の柔軟性・変化のスピード

  • 必要な変化であっても、起こすのが難しい(必ず「邪魔」が入る)
  • エネルギーの無駄遣いが起きやすい(“綱引き”をしながら相手を引きずるような状態)
  • 「悪い変化」も起こしにくくなる


【 秩序2.0 】の雰囲気

  • “綱引きの均衡”という対立を前提とした秩序であるため、当然、対立的な雰囲気となる
  • 対立状態が“均衡”してなかなか動かないため、もどかしさや、閉塞感などがうまれやすい
  • 【 秩序1.0 】に比べると、無力感が和らぐ(「支配」のレベルから、「闘い」のレベルへ)
  • 永遠に続く闘い


次回予告

次回は、【 秩序3.0 】について考えていきます。

▶ 秩序3.0(近日公開予定)



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