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成功する芸術家と、成功できない芸術家。その運命をわけるものは?


公開日:2013年2月21日( 最終更新日:2015年8月9日 ) [ 記事 ]
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芸術家の人生というと、どんなイメージがあるでしょうか?

人気の頂点を極め、富も名声も欲しいままに華々しく生きているアーティスト。

作品が誰にも理解されず、志し半ばでその道を諦める人。

一般的にはあまり知られていないが、一部の人からは高く評価される、知る人ぞ知るその道の達人。

たとえ社会に受け入れられない作品であっても、ただひたすら自分がよいと思う作品を作り続け、他界後にようやく認められる芸術家。


芸術家の人生というと、波乱万丈の人生の代名詞というイメージがあります。芸術家を志す若者が、その道で成功を収めることが出来るのかどうかの違いは、いったい何によって決まるのでしょうか?


創作活動に打ち込む芸術家
画像:“Mother of Pearl Artist Ahmet Sezen” by Christian Senger


今回の記事では、そんな疑問にひとつの答えを与えてくれる、ある調査結果を紹介したいと思います。

そして、その調査の結果わかった、「成功する芸術家と成功できない芸術家の運命の分かれ道」が、決して芸術の道を志しているわけではない多くの人々の人生に対して、たとえ本人が自覚していなかったとしても、大きな影響を与えているということについて書きたいと思います。

決して、他人事ではありません。

そう。今この記事を読んでいる「あなたの人生」にも、きっと大きな影響を与えていることでしょう。


【 追記 】

この記事とはまったく別の視点から、「成功する芸術家と、成功できない芸術家」について書いた、新しい記事を公開しました。

ただ単に芸術家として金銭的成功や、地位・名誉などが得られるかというレベルでの成功ではなく、本当に表現したい世界観を表現しながら、経済的にも成功を収めるというレベルの成功を収めるための力について書きました。




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(ここで一旦、お知らせです。記事はまだまだ続きます。)

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成功する芸術家になるには、どうすればいいのか?

ではさっそく、「成功する芸術家と成功できない芸術家の運命をわけるもの」についての調査結果を紹介していきましょう。

今回の記事でも、前回の記事で紹介した『モチベーション3.0』を教科書にして進めていきたいと思います。

一九六〇年代はじめに、シカゴ美術館附属美術大学の二年生と三年生を対象にして、制作に対する姿勢と、動機が内発的か外発的かに関する調査が行われた。このとき得られたデータを基準として、一九八〇年代初頭に別の研究者が、学生のその後のキャリアを追跡調査した。

ダニエル・ピンク著 大前研一訳 「モチベーション3.0」講談社(2010年)P.76~77より

「動機が内発的か外発的か」とありますが、前回の記事を読まずにこの記事から読み始めた場合には、意味がわからないかもしれません。その場合には、まずは前回の記事からお読みいただければと思います。

前回の記事:「内発的動機付け」と「外発的動機付け」 小さな違いが、人生を変える


この調査の結果はどのようなものだったのでしょうか?

調査の結果、美術大学に通っていたころに外発的に動機付けられているレベルが低い学生の方が、芸術家としての成功を手にしている確率が高かったといいます。これは特に男性において顕著だったそうです。

そして、その理由については、次のように書かれています。

内発的に動機づけられた画家や彫刻家は、発見の喜びと創造へのやりがいが彼らにとっての報酬にあたり、芸術家のキャリアにつきものの困難な時期――収入がない、なかなか認められないといった苦労の多い時期――を切り抜けられる。

ダニエル・ピンク著 大前研一訳 「モチベーション3.0」講談社(2010年)P.77より

逆に言えば、お金や地位・名声などの外発的な報酬に動機づけられて、芸術家を志したような人は、その活動がなかなか収入につながらなかったり、作品が認められなかったりすると、芸術家として成功する事を目指そうという意欲がなくなってしまいやすいということでしょう。

たしかに、この理由づけは納得できます。作品をつくること自体にはたいして楽しみを感じておらず、作品が評価されることやお金が手に入ることが第一の目的であれば、自分の作品があまり評価されなければ、芸術以外のもっと別の方法でお金や評価を手に入れようと考えたとしても、何の不思議もありません。




次々と明らかになる「外発的動機」のネガティブな側面

前回の記事(「内発的動機付け」と「外発的動機付け」 小さな違いが、人生を変える)では、お金や地位・名声などの社会的ステータスなどといった外発的な報酬をモチベーションにすることによって、その活動自体を楽しむことが難しくなってしまうということについて書きました。

そして、今回の記事では、外発的な動機付けが低いほど芸術家として成功しやすいという調査結果を紹介しました。

外発的動機づけのネガティブな側面が、次々と明らかになってきていますが、その他にも外発的動機づけのネガティブな作用はあるのでしょうか?

『モチベーション3.0』の中では、外発的な報酬や罰からモチベーションをかりたてることに対して、様々な調査結果をまとめた結果、「アメとムチの致命的な7つの欠陥」として次の7つを挙げています。

【アメとムチの致命的な7つの欠陥】

  1. 内発的動機づけを失わせる。
  2. かえって成果があがらなくなる。
  3. 創造性を蝕(むしば)む。
  4. 好ましい言動への意欲を失わせる。
  5. ごまかしや近道、倫理に反する行動を助長する。
  6. 依存性がある。
  7. 短絡的思考を助長する。

ダニエル・ピンク著 大前研一訳 「モチベーション3.0」講談社(2010年)P.93より

この記事では、上の7つについて、ひとつずつ詳しく触れるようなことはしませんが、興味のある方は、『モチベーション3.0』を読んでみてください。上の7項目について詳しい解説や調査結果の紹介がされています。

先ほど、外発的に動機づけられた芸術家が成功しにくい理由として、お金や名声などの外発的な報酬を目的に芸術家を志した学生は、芸術家の人生にありがちな、作品がなかなか収入や評価に結び付かない時期を乗り越えることができないという理由をあげました。

しかし、これらの7項目をみるとほかにもその理由があるように思えてきます。

例えば、アメとムチによる動機付けは「創造性を蝕(むしば)む。」とあります。

これなどは、あまりにもわかりやすい例です。

芸術家がよい作品をつくるためには、高い創造性が要求されるのは説明の余地がないほど明らかでしょう。


他にも例えば、7番目には「短絡的思考を助長する。」とあります。

もし、芸術家を志す若者が、よりよい作品を求めて決して終わることのない探究の道を進むことを選ぶよりも、簡単に作品をつくるための安易な道を選んだとしたら、その若者が芸術家として大成する可能性は極めて低いと言わざるを得ないでしょう。


“天命”を得るためには、“人事を尽く”さなければ始まらないということです。

【 参考記事 】


しかし、お金や名声などの外発的な報酬に動機づけられている若者にとっては、この探究の道を進むことは容易なことではありません。

例えば、作品の完成度をあげるためにまわり道をするか、それとも手間を惜しんで安易な方法をとるかの選択をせまられることがあったとしましょう。

作品をつくるプロセス自体を楽しんでいるのではなく、完成した作品が評価されることを求めている若者にとっては、この「まわり道」を進むことは決して楽しいことではないでしょう。

「早く作品を世に出して評価されたいのに、また“余計な事”が増えてしまった。」

もしかしたら、こんな風にすら感じるかもしれません。

さらに悪いことに、外発的動機付けは「まわり道」を進むこと自体を楽しみたいという内発的動機を抑えてしまいますから、“余計な事”がさらに億劫に感じられてしまうでしょう。創作活動が楽しいものではなく、仕方なくやる義務のようなものになってしまうのです。

この事は、前回の記事でも書きましたし、上の「アメとムチの致命的な7つの欠陥」の中でも、最初の「内発的動機づけを失わせる。」という項目であげられています。


作品をつくる芸術家の手
画像:“Colorful Artist” by Ian Sane


一方で、どこまでも続く長い探究の道を進むこと自体を楽しんでいる若者( = 創作活動自体を喜びと感じて、内発的に動機付けられている若者 )にとっては、他人から見れば、ものすごい努力と苦労が必要に思える「まわり道」であったとしても、本人は楽しみながらその道を進むでしょう。

探究の道を進むことが、本人にとっては喜び以外の何ものでもないからです。


むしろ、せっかく面白そうな「まわり道」を見つけたのにも関わらず、納期が迫っているなどの事情で、その「まわり道」を進むことができなかったりしたとすれば、そのことをとても残念がるでしょう。

もしかしたら、その作品を完成させた後に、わざわざその「まわり道」を見に行くことすらあるかもしれません。

どちらの若者の方が、質の高い作品をつくることができるかは言うまでもありません。




次々と明らかになる「外発的動機」のネガティブな側面。しかし……。

ここまで、「外発的動機付け」のネガティブな側面ばかりを紹介してきました。

しかし、「外発的動機付け」にはネガティブな側面しかないのでしょうか?私たちは、「外発的動機付け」を完全に捨てなければならないのでしょうか?

まず1つ言えることは、現在の社会に生きている限り、外的な報酬に対する期待をゼロにすること非常に難しいということです。


作品をつくることを心の底から楽しんでいる芸術家であっても、その作品が高く評価されることを期待する瞬間がまったくないということはないでしょう。それに、どんなに創作活動に楽しみを感じていたとしても、金銭的な収入を得ることができなければ生きていくことは出来ません。

もちろん、人からの賞賛や金銭よりも自分が内発的動機を感じることを通じてお互いに貢献し合う人々が増え、現在の生きるために仕方なく働く人が中心の世界を、喜びにもとづく助け合いで成り立つ世界に変えていくことができれば、それに越したことはありません。

実は、私がこの記事を書いている理由として、そんな世界を実現するために貢献したいという意味もあるのですが、話がそれてしまうのであまり詳しくは書きません。

しかし、現在の社会で明日から突然、金銭的な収入などの外的な報酬には目もくれずに生きていきましょうと言われても、それは決して簡単な事ではありません。

「内なる情熱」と、金銭的な収入のような「外的な要素」を両立させるための物語を公開しました。興味がある場合は、是非、ご覧下さい。)


また、外発的動機付けがまったく役に立っていなかったかと言えば、そんなことはありません。

『モチベーション3.0』によれば、そもそもその活動自体から楽しみを感じることが難しいような単調な機械的作業を依頼するような場合には、外発的動機付けが有効に機能すると言います。


そのような活動からは、そもそもその活動自体を楽しみたいという内発的動機を感じることもないので、外発的動機付けが内発的動機を奪ってしまう心配はありません。

機械的な単調な作業であれば、創造性も必要としないので、外発的動機付けによって創造性が低下してしまっても特に問題にはならないでしょう。



繁栄する工業地帯の夜景
画像:“PhoTones Works #029” by Takuma Kimura


ですから、高度経済成長期の日本のように、モノをつくれば売れる社会であれば、(単純に経済を回すという視点からのみ見るのであれば、)外発的動機付けによって人々を動かすシステムは上手く機能したことでしょう。

“モノをつくれば売れる”のですから、ただ決められた手順に沿って作業を進めてくれる人間を、企業は欲しがりました。

もちろん、指示されたことだけをするのではなく創造的な仕事をする人材が必要とされたことも間違いないでしょうが、それと同時に、電気を与え、プログラムを入力すれば、あとは何万回でも同じ作業を繰り返してくれる機械のように、給料と作業の指示を与えれば、“余計なこと”は考えないで作業する人間もたくさん必要としたのです。……とまで言ったら、言い過ぎでしょうか?

私はある製造業の企業で設計開発系のエンジニアとして働いたことがあるのですが、人間を機械かロボットだと勘違いしているのではないかと思ってしまったことは1度や2度ではありません。




だれもが「芸術家」として生きる時代

このように、現在の物質的に豊かになった文明の背景には、外発的動機付けによって人を動かすシステムのもので働いてきた多くの人々の貢献があることは無視の出来ない事実です。

そして、私たちはそれらの事実に対して感謝を忘れてはならないと思います。


しかし、時代は変わっています。

これまでは、決して楽しみを感じられるような作業ではなかったとしても、人間がやらざるを得なかった単調な機械的作業は自動化が進みました。

工場での組み立て作業は、ロボットによってオートメーション化され、伝票処理などの事務作業もPCによって自動化が進みました。

そして、この流れは今後も進むことでしょう。

良い悪いは別として、日本のような先進国から発展途上国に単調な作業は移っていっているという事実もあります。

私たちの周りから、外発的な動機づけがうまく機能する、単調な機械的作業が日に日に姿を消していきつつあるのです。


また、高度経済成長期にはモノはつくれば売れていましたが、現在は買い手に欲しいと思わせる光る魅力がなければなかなかモノが売れない時代になったと言われています。

依然として圧倒的な影響力を持っているとはいえ、テレビを中心としたマスメディアが、ネットの出現により影響力を落としていく中で、これまでマスメディアによってある程度操作可能だった画一的な価値観の形成も難しくなり、価値観の多様化も進んでいます。

これまでのような、ある種洗脳的とも言える「就職したら車を買うもの」、「結婚して我が家を持つのが幸せ」というような消費に対する価値観も多様化しました。車が売れなくなり困った自動車業界が「若者の車離れ」などといって嘆いています。

まさに、多くの企業が自分の作品が世の中に認められず、なかなか売れない芸術家のような悩みを抱えているということになります。

この状態で、アメとムチによる外発的な動機づけを駆使して従業員を働かせても、外発的動機付けが強い芸術家志望の若者が芸術家として大成するのが難しいのと同じように、買い手が欲しいと感じる、何か光る魅力を発する商品はなかなか生まれないでしょう。

創造性を封印し、“余計なこと”を考えないで製品をつくっても、もはやその製品は売れなくなってしまったのです。

何が言いたいのかと言えば、今時代に求められているのは、単調な機械的作業をこなす人ではなく、成功する芸術家のように、たとえ自分の仕事が簡単に認められなかったとしても探究の道を進むことを楽しみ、創造性を発揮する人なのです。

前回の記事(「内発的動機付け」と「外発的動機付け」 小さな違いが、人生を変える)で、次のような事を書きました。

外的な見返りの為ではなく、自分の内なる求めに応じて働くこと。

そんな、一見すると社会の流れに反するような生き方ですが、より大きな時代の流れから見れば、追い風によって応援されているのです。


この「外的な見返りの為ではなく、自分の内なる求めに応じて働くこと」が「より大きな時代の流れから見れば、追い風によって応援されている」ということの理由のひとつが、今、時代が成功する芸術家のような人材を求めているということなのです。

とは言え、『だれもが「成功する芸術家」のように生きること』を時代が求めているということの理由のうち、モノが売れなくなった社会の中で活躍できる人材だからなどという理由は、本当に表面的な理由でしかありません。

内なる声の求めに応じて生きることが出来れば、その人個人の人生の幸福度も飛躍的に高まるでしょう。そして、そんな人が増えれば人類史レベルの社会変革にも繋がると私は考えています。

外発的動機付けを中心とした働き方から、内発的動機付けを軸とした働き方への転換は、現在の資本主義の価値観の中でより有利に生きられるというようなレベルの変化ではなく、もっと大きな時代の変革を起こす原動力になると思うのです。


詳しくは、とても1つの記事に書ける内容ではないので、今後、少しずつ触れていければと思っています。(上のリンク先もご参照ください。)


【 追記 】

この記事とはまったく別の視点から、「成功する芸術家と、成功できない芸術家」について書いた、新しい記事を公開しました。

ただ単に芸術家として金銭的成功や、地位・名誉などが得られるかというレベルでの成功ではなく、本当に表現したい世界観を表現しながら、経済的にも成功を収めるというレベルの成功を収めるための力について書きました。





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